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大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)1543号 判決 1980年2月29日

控訴人

紀信地所株式会社

右代表者

鎌田貫

右訴訟代理人

山本正司

被控訴人

大塚和彦

右訴訟代理人

榎本駿一郎

妙立馮

主文

本件控訴を棄却する。

差戻前の控訴審での控訴人の控訴による訴訟費用並びに上告審及び差戻後の控訴審での訴訟費用は全部控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一主位的請求原因第1項及び第3項記載の事実は当事者間に争いがない。

二ところで、控訴人は、被控訴人に本件売買代金支払債務の不履行があつたことを前提として、控訴人が本件土地を小浦文三に売り渡してその旨の所有権移転登記を経由する以前に本件売買契約は、(1) 失権約款に基づいて当然解除されたとか、(2) 控訴人が手附金流しとして処理する旨の意思表示をしたことにより終了したとか、(3) 定期行為を理由とする控訴人の契約解除の意思表示もしくは商法五二五条の規定に基づいて解消されたとかの主張をするので、まず被控訴人の本件売買代金支払債務不履行の事実の有無について判断する。

1  <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、前掲証人藤井義信及び同上田秀雄の各証言中この認定に反する部分は、前掲の他の証拠と対比してにわかに採用できないし、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

控訴人は、不動産取引業を営む株式会社であるが、葵商事株式会社の仲介で昭和四六年三月三一日、神崎進から同人所有の本件土地を代金二〇八〇万円(手附金五〇〇万円)、右手附金を控除した残代金の支払期日及び神崎進から控訴人に対する所有権移転登記手続の日をいずれも同年五月三一日とし、かつ、同日までに本件土地上の本件建物は売主である神崎進の責任において撤去する旨の約定で買い受ける旨の売買契約を締結した。そして、控訴人は、直ちに本件土地を転売することにして、藤井義信の仲介で前記のとおり同年四月二日被控訴人との間で本件売買契約を締結したが、その際、被控訴人から支払われる本件売買代金をもつて神崎進に対する売買代金の支払にあてる考えであつたので、本件売買代金の支払期日及び被控訴人に対する所有権移転登記手続の日も前記のとおり神崎進との間の右売買契約の履行期日と同じ同年五月三一目と定めた。

ところで、神崎進は、控訴人との間の前記売買契約において、本件建物を同人の責任で撤去することを約束したものの、これを撤去するには約二〇万円の費用を必要としたため、控訴人に対し右撤去費用相当額の売買代金の増額を求めた。そこで、控訴人は、たまたま被控訴人との間の本件売買契約においては本件建物も売買の目的に含めてこれを現状有姿のまま被控訴人に引き渡すことにしていたところから、神崎進の求めに応じて、控訴人において本件建物を処分することに神崎進との間の前記売買契約の内容を一部変更した。ところが、被控訴人としても本件建物はほとんど無価値なものであつたところから、本件売買契約締結後に、控訴人において本件建物を撤去したうえ本件土地を引き渡すことを望み、被控訴人の代理人上田秀雄が昭和四六年五月一〇日ころ仲介人の藤井義信を通じて控訴人にその旨申し入れたが、控訴人が右申入を拒絶したため、本件売買契約を仲介した葵商事株式会社、藤井義信及び被控訴人の代理人上田秀雄は、同月一四日ころ、右三名の費用分担で本件建物を撤去することで被控訴人の希望を容れて右の問題を収拾することに合意した。

そして、仲介人の右藤井は、本件売買契約の履行期日における履行場所を具体的に宮井司法書士事務所とすることにしてそれぞれに連絡したところ、そのころ被控訴人の代理人上田秀雄からさらに、本件建物が撤去されるまでの間控訴人に対する本件売買代金の支払を猶予してほしい旨の要望がなされたため、控訴人の代理人橋本剛至にその旨説明して履行期日の延期を求めたが、同人は、これを承諾せず、当初約定の履行期日である昭和四六年五月三一日に宮井司法書士事務所で被控訴人が本件売買残代金を持参するのを待機した。もつとも、当時本件土地の登記簿上の所有名義は神崎進、本件建物のそれは神崎製罐株式会社のままであり、前記のとおり控訴人は、被控訴人から本件売買残代金の支払を受けてこれを即時神崎進に対する売買代金の支払にあて、その支払と引換えに同人から所有権移転登記手続に必要な書類の交付を受けてさらに被控訴人に対する所有権移転登記手続をする考えであつたため、右同日は、被控訴人が本件売買残代金を持参した場合には、その時点で神崎進との間の前記売買契約の仲介人の葵商事株式会社に連絡し、さらに同会社から神崎進に必要書類を持参するように連絡してもらうつもりにしていただけで、実際にその時点で同人に所有権移転登記手続に手要な書類を整えさせるとともに、これらの書類を持参して右宮井司法書士事務所で待機していてもらつたり、事前に神崎進から右書類を預つたりしていたわけでもなく、そうだからといつて、また、右時点で即座に同必要書類を整えて右登記手続が実行できるように神崎との間でその手筈を整えていたわけでもなかつた。しかし、被控訴人は右同日本件売買残代金を同事務所に持参しなかつたので、右橋本は、右藤井に電話で本件売買残代金の支払を催告したところ、右藤井は、同日控訴会社におもむいて控訴会社役員に対し、被控訴人代理人上田秀雄からの前記要望を再度説明して、本件建物が撤去されるまでの間本件売買残代金の支払を猶予するように申し入れ、その結果控訴会社取締役鎌田貫も最終的には「一〇〇万円程度入金するなら三、四日待つてもよい。」旨返答したが、結局被控訴人からはその支払もなかつた。そこで、控訴人は、その後他から金員を都合して神崎進に対する売買残代金を支払い、本件土地については同年六月七日、本件建物については同月一四日控訴人への所有権移転登記を経由するとともに、被控訴人に対し、控訴人代理人橋本剛至作成の同月一二日付通告書で被控訴人の債務不履行を理由に本件売買契約につき手附金流しとして処理する旨の意思表示をし、右通告書はそのころ被控訴人に到達した。

2 右認定事実によれば、本件売買契約において約定された本件売買代金の支払及び所有権移転登記手続の履行期日は、被控訴人の要望にもかかわらず、結局延期されなかつたものというべきであり、したがつて、被控訴人は、本件売買残代金の支払につき約定の履行期日を徒過したものといわざるをえない。

しかしながら、本件売買契約に基づく控訴人の被控訴人に対する所有権移転登記手続債務が被控訴人の控訴人に対する本件売買残代金支払債務と同時履行の関係にあることは、本件売買契約の内容自体から明らかであるところ、右のように双方の債務が同時履行の関係にある場合において、一方が相手方の債務につき履行遅滞を主張するためには、単に相手方が債務の履行につき履行期を徒過しただけでは足りず、みずからの債務についても履行期の弁済(履行)の提供をしておくことが必要であることはいうまでもない。しかして、前示認定事実によれば、本件売買契約に基づいて本件土地建物につき被控訴人に対する所有権移転登記手続をなすべき日である昭和四六年五月三一日当時、本件土地は神崎進、本件建物は神崎製罐株式会社の各所有名義のままであつて、しかも控訴人は、代理人の橋本剛至を履行場所の宮井司法書士事務所で待機させただけで、もし被控訴人が本件売買残代金を持参した場合にはその時点で神崎進との間の本件土地売買契約の仲介人である葵商事株式会社に連絡し、さらに同会社から神崎進に所有権移転登記手続に必要な書類を持参するように連絡してもらうつもりにしていたというにすぎず、事前に同人から右必要書類を預つて右橋本に持参させるとか、あるいは神崎進自身にあらかじめ右必要書類を整えさせたうえ、これを持参させて右宮井司法書士事務所で右横本とともに待機させるなり、また即座に右登記手続が実行できるように神崎との間でその手筈を整えていたりしたわけではなかつたのであるから、控訴人としては、被控訴人に対する所有権移転登記手続債務につき被控訴人から本件売買残代金の弁済提供があれば直ちにその履行ができるように準備して代理人橋本剛至を履行場所に待機させたものと認めることはしよせん困難である。

そうすると、控訴人は、履行期日に履行場所において、被控訴人の本件売買残代金支払債務と同時履行の関係にあつた自己の被控訴人に対する所有権移転登記手続債務につき弁済(履行)の提供をしたとはいえないものといわざるをえないのであり、しかも、その後控訴人が被控訴人に対する所有権移転登記手続債務を直ちに履行できるように準備し、かつ、その旨を被控訴人に通知してその受領を催告したこと、すなわち弁済(履行)の提供をしたことは、本件全証拠によつても確認できないから、被控訴人が本件売買残代金の支払につき履行期を待過しても、これにつき被控訴人に履行遅滞があつたものとして債務不履行の責任を問うことはできないものといわなければならない。

三以上のとおり、被控訴人の控訴人に対する本件売買残代金の支払につき被控訴人に債務不履行の事実は認められないのであるから、被控訴人に本件売買残代金支払債務の不履行があつたことを前提とする控訴人の前記主張は、いずれもその余の判断をするまでもなく失当として排斥を免れない。

四そうすると、控訴人が前記のとおり本件土地を小浦文三に売り渡してその旨の所有権移転登記を経由したことにより、控訴人の被控訴人に対する本件土地売買契約上の債務については履行不能になつたものというべきである。

そこで、以下右履行不能を理由とする被控訴人の損害賠償請求について判断する。

本件売買契約に「売主において契約不履行の場合は手附金の倍戻しを、買主において契約不履行の場合には手附金流しとして双方異議なく本契約はその時限り解除するものとする」旨の約定があつたことは当事者間に争いがなく、本件売買代金が二五八八万円、手附金が二〇〇万円で、本件売買契約締結と同時に被控訴人が右手附金を控訴人に支払つたことは前記一のとおりである。そして、右約定の文言並びに本件売買代金額及び手附金を合わせ考えると、本件手附金は、解約手附としての性質のほかに、当事者の債務不履行の場合において契約関係一切を清算する損害賠償額の予定の性質を有するものと解するのが相当であるから、被控訴人は、控訴人に対し、控訴人の前記債務不履行(履行不能)に基づく損害賠償として、予定された本件手附金の倍額である四〇〇万円を請求しうるだけであり、右金額を超える損害賠償請求は許されないものといわなければならない。

五  以上のとおりであるから、被控訴人の控訴人に対する本訴主位的請求は、損害金四〇〇万円及びこれに対する右請求が記載された被控訴人の昭和四八年四月一七日付準備書面が控訴人に送達された日の翌日であることが記録上明らかである同年四月一八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきものである。

よつて、右と結論を同じくする原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし(なお、本件附帯控訴は、予備的請求の申立であるから、主位的請求を認容する以上、これに対する判断の必要はない。)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(唐松寛 藤原弘道 平手勇治)

物件目録<省略>

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